スカラーによる微分だったらわかるんだけどベクトルによる微分になったら途端にわからなくなるっていう方は多いのでは無いでしょうか。

僕はそうでした。

もしくはなんとなくわかるんだけどあまりきちんと確かめたことがないという方もいるでしょう。

本記事ではベクトルによる微分をスカラーによる微分と比較することで感覚を掴むことを目標にします。

また,物理学でよく登場するベクトルの絶対値の微分についても述べます。

ベクトルによる微分とは?

まずベクトルによる微分とは何かというと次のような微分のことです。

$$ \frac{d}{d\boldsymbol{x}} f(\boldsymbol{x}) $$

上ではスカラー値関数の微分の例を挙げましたが,次のようなベクトル値関数に対しても同じように微分を考えることができます。

$$ \frac{d}{d\boldsymbol{x}} \boldsymbol{f}(\boldsymbol{x}) $$

このようなベクトルによる微分は物理学でよく登場します。例えば場の勾配や発散などを考えるときには​という記号で出てきたりしますね。実は空間変数が$\boldsymbol{x}$のときには$\boldsymbol{\nabla} = d/d\boldsymbol{x}$となります。

それではここで$\boldsymbol{x} = [x,y,z]^{T}$として具体的にベクトルによる微分が何か定義します。

$$ \frac{d}{d \boldsymbol{x}} = \boldsymbol{e}_{x} \frac{d}{dx} + \boldsymbol{e}_{y} \frac{d}{dy} + \boldsymbol{e}_{z} \frac{d}{dz} $$

のような微分演算子です。もしくは

$$ \frac{d}{d\boldsymbol{x}} = \left[ \begin{array}{c} \frac{d}{dx} \ \frac{d}{dy} \ \frac{d}{dz} \end{array} \right] $$

とも書けます。

これからわかるようにスカラー値関数に対して作用させればベクトルになります。つまり$f(\boldsymbol{x})$に作用させると

$$ \frac{df}{d\boldsymbol{x}}(\boldsymbol{x}) = \left[ \begin{array}{c} \frac{df}{dx}(\boldsymbol{x}) \ \frac{df}{dy}(\boldsymbol{x}) \ \frac{df}{dz}(\boldsymbol{x}) \end{array} \right] $$

のようになります。

また,ベクトル値関数に作用させたときにはスカラーになります。これはベクトル場の発散を知っている方はわかるかと思います。

$$ \frac{d\boldsymbol{f}}{d\boldsymbol{x}}(\boldsymbol{x}) = \frac{df_{x}}{dx}(\boldsymbol{x}) + \frac{df_{y}}{dy}(\boldsymbol{x}) + \frac{df_{z}}{dz}(\boldsymbol{x}) $$

これについてはナブラを使った内積表現$\boldsymbol{\nabla}\cdot \boldsymbol{f}(\boldsymbol{x})$の方がしっくりくるかもしれませんね。

ちなみに注意なのですが,物理学において方向微分というような概念があります。

これは例えば境界の法線方向の微分のような場面で出現する$df/d\boldsymbol{n} (\boldsymbol{x})$みたいなものですが見た目はベクトルによる微分に見えます。

しかしこれは多くの文脈では次のような演算子になります。

$$ \frac{df}{d\boldsymbol{n}} (\boldsymbol{x}) = \boldsymbol{n} \cdot \boldsymbol{\nabla}f(\boldsymbol{x}) $$

基本的な性質とスカラーによる微分との比較

ここまででベクトルによる微分を紹介しましたが,具体例を挙げてみたら割と難しかったりします。

ここでは幾つかの実用的で基本的な例を挙げて,スカラーによる微分と比較してみます。

以下では$\boldsymbol{x} \in \mathbb{R}^{d}$と一般化して考えます。

(a) $\frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} \boldsymbol{a}^{T} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{a}$

(b) $\frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} \boldsymbol{x}^{T} \boldsymbol{a} = \boldsymbol{a}$

(c) $\frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} |\boldsymbol{x}|^{n} = n |\boldsymbol{x}|^{n-2} \boldsymbol{x}$

1つずつ証明していきます。

(a)の証明

\begin{align} \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} \boldsymbol{a}^{T} \boldsymbol{x} &= \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} [a_{1} \cdots a_{d}] \left[\begin{array}{c} x_{1} \\ \vdots \\ x_{d} \end{array} \right] \notag \\ &= \left[\begin{array}{c} \frac{\partial}{\partial x_{1}} (a_{1}x_{1} + \cdots + a_{d}x_{d}) \\ \vdots \\ \frac{\partial}{\partial x_{1}} (a_{1}x_{1} + \cdots + a_{d}x_{d}) \end{array} \right] \notag \\ &= \left[\begin{array}{c} a_{1} \\ \vdots \\ a_{d} \end{array} \right] = \boldsymbol{a} \end{align}

(b)の証明

$$ \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} \boldsymbol{x}^{T} \boldsymbol{a} = \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} \boldsymbol{a}^{T} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{a} $$

(c)の証明

\begin{align} \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} |\boldsymbol{x}|^{n} &= \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n}{2}} \notag \\ &= \left[\begin{array}{c} \frac{\partial}{\partial x_{1}} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n}{2}} \\ \vdots \\ \frac{\partial}{\partial x_{1}} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n}{2}} \end{array} \right] \end{align}

ここで

\begin{align} \frac{\partial}{\partial x_{i}} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n}{2}} &= \frac{\partial}{\partial x_{i}} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2}) \frac{n}{2} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n}{2} – 1} \notag \\ &= n x_{i} (x_{1}^{2} + \cdots + x_{d}^{2})^{\frac{n-2}{2}} \end{align}

より

$$ \frac{\partial}{\partial \boldsymbol{x}} |\boldsymbol{x}|^{n} = n |\boldsymbol{x}|^{n-2} \boldsymbol{x} $$

やってみたらそんなに難しくないですね。

それではスカラーでの微分で対応するものを考えてみましょう。

(a$^{\prime}$) $\frac{\partial}{\partial x} ax = a$

(b$^{\prime}$) $\frac{\partial}{\partial x} xa = a$

(c$^{\prime}$) $\frac{\partial}{\partial x} |x|^{n} = n |x|^{n-2} x$

(a$^{\prime}$)と(b$^{\prime}$)は自明なので(c$^{\prime}$)だけ証明してみましょう。

(c$^{\prime}$)の証明

\begin{align} \frac{\partial}{\partial x} |x|^{n} &= \frac{\partial}{\partial x} |x| n |x|^{n-1} \notag \\ &= n \frac{x}{|x|} |x|^{n-1} = n|x|^{n-2} x \end{align}

このことからベクトルによる微分もスカラーの微分も結果的に同じような結果になることがわかると思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。

今回はベクトルによる微分とは何か,またその基本的な性質をスカラーによる微分と比較しながら見てみました。

少し計算は面倒ですが,結果としてはスカラーの微分と同じようなものになるのでそこまで難しく考えなくても良いかと思います。

難しく感じる方は一度自分で計算してみて納得してみるのがおすすめです。

それではお疲れ様でした。

参考文献としては以下のものがオススメです。