タイトルの通り,本記事はあまりバナッハ空間・ヒルベルト空間に触れた事がない方向けに書きます。
少し難しい論文なんかを読んでると急に「バナッハ空間」とか「ヒルベルト空間」とか出てきて「ファッ!?」ってなった事ありませんか?
僕は工学系出身なのですがこれめちゃめちゃありました。
論文とか学術本とか読んでいるときにわからない概念が頻出してくると読む気を削がれてしまうんですよね。。
結論から言うと(関数解析を駆使した内容でない限り)この「○○空間」っていうのはそれほど恐れるものではないです。
この記事では前半にざっくりとしたイメージを,後半には少し真面目な定義を述べます。
色んな方がいらっしゃると思うので目的に応じて読んで下さい。
目次
バナッハ空間とヒルベルト空間のイメージ
よくわからない「○○空間」の代表格であるバナッハ空間とヒルベルト空間ですが,
一度イメージがわかれば全然難しくありません!!
なぜなら
皆さんがよく使う$\mathbb{R}^{2}$もバナッハ空間であり,かつヒルベルト空間でもあるから
です!
だからバナッハ空間もヒルベルト空間も全然特別な空間ではないのです!(僕らがよく使う空間が特別な空間だったという事なのかもしれませんが笑)
じゃあバナッハ空間とヒルベルト空間って何??って話ですが,かなりざっくり説明すると
- バナッハ空間
完備なノルム空間
- ヒルベルト空間
自然に定義されるノルムが完備な内積空間
です。
簡単すぎて本当にそんな程度で大丈夫かと心配になるかもしれませんが,論文とかでちょっと出てきたくらいのときはこの程度の認識で読み進めてもらって問題ないと思います。
なぜ問題ないかと言うと,大抵の場合ちょっと出てくるくらいのときには「ある関数が何かしらのヒルベルト空間に入ってます」くらいの文脈で書かれる事が多いからです。
ここで関数の話なのに距離とか内積って何?と思う方もいるかと思うので少しだけ具体例を紹介しておきますね。
例えば$\mathbb{R}$上の2つの関数$f(x), g(x)$の間の距離$d(f,g)$を次のように定義してあげます。
$$ d(f,g) = \left( \int_{-\infty}^{\infty} |f(x)-g(x)|^{2} dx \right)^{\frac{1}{2}} $$
この式を見ると各点$x$での$f(x)$と$g(x)$の差を全ての点で足し合わせているような形になっていて何となく関数間の距離というのが納得できるのではないでしょうか?
次に内積の例も見てみましょう。$\mathbb{R}$上の2つの関数$f(x), g(x)$の内積$\langle f,g \rangle$は例えば次のように定義します。
$$ \langle f,g \rangle = \int_{-\infty}^{\infty} f(x)g(x)^{\ast} dx $$
これは少し普通のベクトル内積と比べてイメージがかけ離れてしまっているかもしれませんね。
補足のために直交する(内積が0になる)関数の例を1つ挙げます。
以下の図は互いに直交している$f(x) = \sin(x)$と$g(x) = \cos(x)$の関数形を描画したものです。
これを見ると常にズレが一定で何となく関数の形が違うのはわかると思いますがベクトルの直交関係ほど分かり易いものではないですね。
この辺りが少し感覚を掴むのが難しいところで,もししっかり理解したいという場合には数式をしっかり追うしかありません。
以降では数学的な定義を紹介しますので興味のある方は是非読んでみて下さい。
バナッハ空間とヒルベルト空間の定義
ここでは定義を述べていきます。
ある空間がバナッハ空間(もしくはヒルベルト空間)であるかはここで述べた性質を満たしているかを見る事で確認できます。
早速この2つの空間について定義を述べたいのですが,これらの空間は「線形空間」である事を前提に話が進められますので先に線形空間の定義から述べていきます。
線形空間
集合$\mathcal{L}$が線形空間である
$\Leftrightarrow$
$\forall f, g \in \mathcal{L}$に対して和$f+g \in \mathcal{L}$と,$\forall f \in \mathcal{L}$と$\forall a \in \mathbb{K}$に対して積$af \in \mathcal{L}$が定義されており,$\forall f,g,h \in \mathcal{L}$かつ$\forall a,b \in \mathbb{K}$としたとき次の性質を満たす。
- $(f+g)+h = f+(g=h)$
- $f+g = g+f$
- $\exists \theta \in \mathcal{L}$, s.t. $\forall f \in \mathcal{L}$に対して$f+\theta = f$
- $\forall f \in \mathcal{L}$について$\exists f^{\prime} \in \mathcal{L}$, s.t. $f+f^{\prime} = \theta$
- $a(f+g) = af+ag$
- $(a+b)f = af+bf$
- $(ab)f = a(bf)$
- $1f=f$
ちなみに体$\mathbb{K}$は実数$\mathbb{R}$または$\mathbb{C}$で,$\mathbb{K} = \mathbb{R}$の時は実線形空間,$\mathbb{K} = \mathbb{C}$の時には複素線形空間の定義ということになります。
線形代数のベクトル空間を思い出せばこれらの性質を全て満たしている事が分かりますね。
また,以降では線形空間の零元$\theta$は$0$と書き表します。
バナッハ空間とヒルベルト空間
まだ少し準備不足ですが,ここでバナッハ空間とヒルベルト空間の厳密な定義を述べましょう。
- バナッハ空間
完備なノルム空間
- ヒルベルト空間
自然に定義されるノルムが完備な内積空間
こんな感じです。ノルム空間や内積空間,完備という言葉はまだ説明していませんでしたので定義していきましょう。
線形空間を定義していればノルム空間,内積空間は非常に簡単です。それぞれ線形空間であってノルム及び内積を備えている空間と定義されます。
ということでノルム,内積を定義します。まずはノルムからです。
ノルム
$\forall f \in \mathcal{L}$について非不実数$|f|$が$f$のノルムである
$\Leftrightarrow$
$\forall f,g \in \mathcal{L}$及び$\forall a \in \mathbb{K}$について次の性質を満たす。
- $|f| \geq 0$
- $|f|=0 \Leftrightarrow f=0$
- $|af| = |a| |f|$
- $|f+g| \leq |f| + |g|$
例えば2次元ベクトル空間のノルム(ユークリッドノルム)はベクトル$\boldsymbol{x}=[x _ {1}, x _ {2}]^{T}$に対して$|\boldsymbol{x}| = \sqrt{x _ {1}^ {2} + x _ {2}^ {2}}$と定義されますが,これが上の4つの性質を満たすのは容易に確かめられます。
次に内積です。
内積
$\forall f,g \in \mathcal{L}$について複素数$\langle f,g \rangle$が$f,g$の内積である
$\Leftrightarrow$
$\forall f,g,h \in \mathcal{L}$及び$\forall a \in \mathbb{K}$について次の性質を満たす。
- $\langle f,g \rangle = \langle g,f \rangle^{\ast}$
- $\langle af,g \rangle = a\langle f,g \rangle$
- $\langle f+g,h \rangle = \langle f,h \rangle + \langle g,h \rangle$
- $\langle f,f \rangle \geq 0$
- $\langle f,f \rangle \Leftrightarrow f=0$
例えば2次元ベクトル空間の内積はベクトル$\boldsymbol{x}=[x _ {1}, x _ {2}]^{T},
\boldsymbol{y}=[y _ {1}, y _ {2}]^{T}$に対して$ \langle \boldsymbol{x},\boldsymbol{y} \rangle= x _ {1}y _ {1}^ {\ast} + x _ {2}y _ {2}^ {\ast}$と定義され,これは上記5つの性質を満たします。
これでノルムと内積が定義できました。これを備えた空間がそれぞれノルム空間及び内積空間です。
また,内積空間にノルムを入れるのはとても簡単です。それは内積から決まる自然なノルムが存在するからです。
$\forall f \in \mathcal{L}$について自然なノルム$|f|$とは内積を用いて $ |f| = \sqrt{\langle f,f \rangle} $
と定義されるものです。例に出したユークリッドノルムについても自然なノルムになってますね。
あとはノルムに対して「完備」という概念を定義してあげましょう。
完備なノルム空間(バナッハ空間)
ノルム空間$\mathcal{L}$の全てのコーシー列が$\mathcal{L}$の中に極限を持つとき,$\mathcal{L}$は完備なノルム空間であるという。
コーシー列とは次のようなものです。
${f _ {n}}$が$\mathcal{L}$のコーシー列
$\Leftrightarrow$
$\forall \varepsilon > 0$に対して$\exists N _ {\varepsilon} \in \mathbb{N}$で$n,m \geq N _ {\varepsilon}$に対して $ | f_{n} – f_{m} | < N_{\varepsilon} $
となる。
つまり,感覚的にはどれだけ小さい数$\varepsilon$を考えても十分に大きい$N_{\varepsilon}$よりも大きいインデックスでは元どうしが$\varepsilon$より近くなるという列のことです。
$f_{n}$達はノルム空間$\mathcal{L}$からとってきているので$\mathcal{L}$内で収束しそうなのですが,実は必ずしもそうではありません。
これがきちんと$\mathcal{L}$内収束する場合$\mathcal{L}$をバナッハ空間と呼ぶわけです。
僕は完備性のイメージを得るためには実数$\mathbb{C}$と有理数$\mathbb{Q}$を考えるのが良いかと考えています。
勿論$\mathbb{C}$が完備で$\mathbb{Q}$が完備でないわけですが,実際例えば$\sqrt{2}$は$\sqrt{2} \in \mathbb{C}$で$\sqrt{2} \notin \mathbb{Q}$ですよね。
$\sqrt{2} = 1.414213 \cdots$なわけですが,有理数の列${q _ {n}}$を$q _ {1}=1, q _ {2}=1.4, q _ {3}=1.41, \cdots$というように定めてやればこれは$\sqrt{2}$に収束しますよね?
つまり$\mathbb{Q}$のコーシー列${q_{n}}$の収束先が$\mathbb{Q}$にないので完備でないわけです。
まとめ
今回はバナッハ空間とヒルベルト空間についてのイメージと定義について簡単にお話ししました。
純粋数学の方には少しいい加減に見えたかもしれませんが,個人的にはまずイメージを掴むのが重要だと思っていますので少し厳密性を捨てて解説してみました。
今回紹介した内容は数学の分野としては「関数解析学」に属します。
工学を学んでいる方向けの参考書を幾つか上げておきますのでチェックしてみてください。
この記事が誰かの役に立てば嬉しいです。